2017年10月24日火曜日

旅は無限に続く

昨日は投票を済ませたあと、六本木でカザン共和国の詩人と蕎麦を食べ、一緒に山種美術館で日本画を観、夜はやはりで「桑原滝弥×イシダユーリpresents tamatogi ~秋の詩のオープンマイク祭り~」にゲスト出演。と書くと簡単だが、何しろ大型台風接近中の折なので、何をするにもいちいちけっこう濡れていたのであった。

詩というもののいいところのひとつは、いろんな「引っかかり」を受け手に与えることだと思う。それは単純な違和感であったり、様々な種類の驚きであったり、不快感であったり、感動であったり、時には魂に撃ち込まれるような衝撃であったりする。詩というメディアを通してしか人間が感じられないものはやはりあって、昨夜のtamatogiにはたくさんのそうした「引っかかり」があった。台風でいらっしゃれなかった方も多いと思うが、その台風の夜だからこそもたらされた何かもまた確実に存在していた。素敵な詩の夜だった。

私は「さかな」を朗読した。

(撮影・川方祥大)

今回はオープンマイク参加者の中からゲスト出演者が選ぶ「tamatogi賞」というものがあり、私は藤井コウさんを選ばせて頂いた。ゆっくりと書かれたものにしか現れない味わいと魅力と静かな強さがあるテキストがとても好きだった。

お客様、競演者、主催者、スタッフの皆様、会場の六本木新世界、天気、そして二度と戻らないこの日この夜に感謝。

☆☆☆

そして、21日の夜にポエトリースラムジャパンのFacebookページにこんな文章が載り、驚かれた方も多いと思う。

【重要なお知らせ】
ポエトリースラムW杯の出場権について、重要なご報告です。

ポエトリースラムジャパンではこれまで「全国大会優勝者1名が、パリでのポエトリースラムW杯に出場する」ということをご案内してきました。

ところが今回、全国大会開催にあたりパリW杯本部とやり取りをするなかで、先方が「W杯に一度出場した人は、再び出場することができない」という主旨の返事をしてきました。

「国内大会優勝者がW杯経験者なら第2位を、第2位もW杯経験者なら3位の人を招聘する」とのこと。

これは、これまでW杯側からの提示がなかったことなので非常に困惑し、また関係各位に大変申し訳ない思いでいます。

現実的なこととして現在、2017年秋大会のファイナリストに、W杯経験者が2名いらっしゃいます。結論から言いますと、今大会でこの2名のどちらかが優勝した場合、パリW杯に代わる特典を用意いたします。残念ながら今の段階では具体的にお伝えできないのですが、早急に検討していきます。

そして、この2名のうちどちらかが優勝(もしくはおふたりが優勝と準優勝)という結果になった場合、2位(もしくは3位)の方にW杯出場権が移る、ということにいたします。

大会直前のこの時期に、W杯出場権という重大な取り決めを変更することになってしまい、本当に恐縮です。

もう少し、詳しくお伝えしますと
W杯主宰の説明によれば「2度目の出場不可」という方針は、ルールブックのような形で明言されているものではないとのこと。

ただし「例えば去年、スペインの選手が国内大会で2年連続優勝したが、2回目の時は次点の人に出場依頼した。他の国にも同じルールを適用している」という回答でした。また、その年の国内優勝者がW杯初出場だとしても、その人が何らかの事情でW杯に来れない場合は2位や3位が招聘されることもあるようです。

そして、その理由として「それぞれの国の(詩の)コミュニティは常に成長しているのであって、W杯には毎年新しい詩人に参加してもらいたい。それがW杯のコンセプトだ」との説明もありました。何度かのメールのやり取りでも、先方の主張は変わりませんでした。

ただ、W杯の趣旨がどうあれ、少なくとも今回のPSJではW杯出場を優勝特典のような扱いとしてきましたので、それが叶わないとなれば代替案を考えます。

また、次年度以降どうするかは、別途あらためて検討いたします。

長くなりましたが、全国大会に関わる重要な案件として、まずはお知らせいたしました。突然のご連絡になり大変申し訳ありません。
どうかご理解いただけますよう、お願い申し上げます。

ポエトリースラムジャパン代表 村田活彦

この件について、私はその前の夜に村田代表から連絡を頂いていた。この文中のW杯経験者というのは、とりもなおさず私と中内こもるさんなのである。

もちろん私もびっくりした。何しろ昨年のパリのW杯でも、そんな話は誰からも一言も聞いたことがなかったし、各国のスラマーと「またここで会おうね」と言い交し、複数の運営関係者から「必ずまた出場してね」などと言われているのである。彼ら、彼女らも知らなかったのだろう。文中のスペイン代表の件というのも、今日になって別の筋から話を聞いたところ、どうやらその時は色々あったらしい。

ただ、同時に、「ありそうな話だな」とも思った。W杯の主宰というのはピロットさんという、アラン・プロストに空気を少し入れたような雰囲気の人だが、多分、こんな大事なことにもかかわらず、今まで聞かれなかったから言わなかっただけなのだと思う。日本ではそんなことはあり得ないとか、社会では通用しないとかここで言っても何の益もない。これが彼ら式の物事のすすめ方だということなのだ。実際、運営側が突然物事を改変したり、誰も聞いていなかったことが不意に明らかになったりして、出場スラマーが「えー!?」となるところを私もパリで何回か見ている。そしてもっと言うと、私が今までに出場したり参加したりした海外のポストリースラムや詩祭で、ほぼ完全に運営を信頼して安心して行動できたのは、私にとって初めての国際ポエトリースラムだった、ベルギーのモンスでの「SLAMons&Friends」だけで、他は大なり小なり様々な突発的事象が出来した。ただ、だからと言ってそれらの主催者筋が悪人だったり嫌な奴だったかというとそんなことはなく、みなそれぞれにいい人たちで、しかも熱心だった。今回も話を聞いた時、私は、「ああ、ピロットさんだったらそういこともあるだろうな」とごく自然に思ったのだ。

個人的には、ピロットさんにはずいぶん親切にしてもらった。カリブラージュに三回も起用されたし、そのうち一回は、W杯の決勝が終ったあと、入れ替わりに同じ会場で行われるフランスの国内スラム決勝戦前のカリブラージュだった。人生で一回しかそこには立てないということをピロットさんはもちろん知っていたわけだから、準決勝敗退者の中からわざわざ私を選んでそのステージでパフォーマンスさせてくれたということは、今になって思えば意味深いものがある。もうあの雰囲気は味わえないんだなあ、と思うと、全ての瞬間の思い出は光り輝いて感じられるのである。私は全力を尽くしたから、悔いるところは何もない。ポエトリースラムW杯というのは甲子園みたいなものだったのかもしれない。

しかし、しかしである。やっぱり後味の悪さはある。だって、「優勝者をパリのW杯に送り込むのが目的の大会」に、そもそもその資格が最初からないにもかかわらず、そのことを知らずに、2017春、2017秋と二度も出場してしまったのである。私は次は必ずW杯で優勝するつもりでいて、今回は東京大会Cで優勝した。中内さんは中内さんで名古屋大会で優勝した。勝ったってW杯には出ない人間が二人も全国大会にいる。私に関して言えば、当たり前だが本当のことを知っていれば出なかった。その資格がある人を後ろから応援する側に回っていた。二回以上は出られないなんて知らないから、自分がもう一度行って優勝することが良いことだと思ったのだ。だが現実には・・・。ピロットさんが、村田さんにでも岡野さんにでも私にでも中内さんにでも、最初から「実は一度しか出られないんだ」ということを告げていれば何の問題もなかったはずなのだが・・・

W杯というが、そう称してはいても、現地で見ているとピロットさんとその周辺の人々が切り盛りしている印象が強く、いわば個人商店という感じがある。そういう点では、たくさんある国際ポエトリースラムの中のひとつであり、毎年開催、かつ安定して多くの国の詩人を招聘しているというところに特徴があるのだろう。だから、「W杯なのだからかくあらねばならない」という理想を我々が語るのは筋違いなのかもしれない。そして、その国際ポエトリースラムの中でも比較的大規模かつ安定して開催されているポエトリースラムW杯というスラムには、その不文法に基づいて二回以上は出場できない。ならば、私としてはその先を見据えなければならない。甲子園出場後も野球を続けていく道。日本のポエトリースラム文化は始まったばかりだから、その道は自分で切り拓いていかなければならないのだと思う。

複数の国から既に2018年に開催されるポエトリースラムへの招聘を頂いている。

中には外務省が国全体を「レベル4・退避勧告」に指定しているような国で開催されるものもあり、何が実現して何が実現しないのかはこれから次第に明らかになっていくだろうが、それらのオファーに共通しているのは、私が2016年のW杯に出場したことがその大きなきっかけの一つになっているという点だ。昨年秋のブリュッセル詩祭も、年末のイスラエルでのスラムも、W杯からの流れでオファーを貰ったものだった。反対に、今までの海外でのスラムでの人間関係から、様々な国のスラマーが来日する際には必ず連絡をくれるようになったし、出来る限り彼らのパフォーマンスの場所を提供するように力を尽くしている。ごく近い将来、日本で各国のトップスラマーを招聘しての国際ポエトリースラムフェスティバルを実現させたいし、4年に一度くらい、持ち回りで国を変えてポエトリースラム五輪ができたら、などと想像もする。でも一方では、そのようなことが実現して話題になったら、それは必然的にポピュリズム、コマーシャリズムと詩のせめぎ合いとなり、失われるものもまた多くなるだろう。ではどうするか。どうしたらいいのか。その答えは簡単なものではない。ポエトリースラムというのはぎりぎりのところで成立しているフォーマットで、どのようにその本質を伝えていくか、表現していくかということについては、多分これから関わってゆく限りずっと、全ての場面で自分の中で問い続けることになるだろう。

これからも常に、一瞬一瞬自分の中で問い続ける。どこまで行くか、どこへ行くかわからない。でも足を止めずに動き続ける。

11月4日のポエトリースラムジャパン全国大会には出場する。全力を尽くして戦う。PSJがW杯へと接続するための大会であり続けるなら、私にとってこれが最後のPSJになる。村田さんの文中にもあるように、PSJそれ自体も今後、そのあり方を自ら問い、また外からも問われ続けるだろう。問い、問われることも、また詩というものの魅力のひとつだと思う。

旅はこれから無限に続く。

0 件のコメント:

コメントを投稿

夏の終りとE+motion