2022年8月1日月曜日

桑原滝弥自伝詩集『詩人失格』

 


死んでしまいたいと思ったことのない人がいるとは思えない。

自分はなぜ生まれてきたのだろうと思ったことのない人がいるとは思えない。

誰かを殺したいと一瞬でも思ったことのない人がいるとは思えない。

だが、人は生きる。人は生まれ、いつか死ぬ。ある人は長い時間を生き、ある人は短い時間を生きる。

夢はかなうというのは嘘だ。夢をかなえた人がいるというだけだ。

努力は報われるというのは嘘だ。報われることもあるというだけだ。

祈りは届くというのは嘘だ。稀にしか届かないからこそ、人は祈るしかないのだ。

しかしそれでも多くの人は夢を見る。祈り、努力さえする。希望と絶望の間を行き来しつつ、何か良いもの、あるいは悪いものを選びとっていると感じることもある。何かに選ばれていると感じることもある。自己と世界との間で、目に見えるもの、触れるもののひずみ、歪み、ずれ、尖り、丸み、ささくれ、奇妙な輝き、といったものたちがなければ、人類はその歴史の中で、詩というものの存在に気づくことはなかっただろう。たいていの場合、詩は、自己と世界との間の闇の中で、私たちの服の裾を後ろから指でつまんでたたずんでいるのだ。

桑原滝弥自伝詩集『詩人失格』は、暖かさと恐怖に満ちた本だ。人というものの姿に迫った本だ。

事実の強度の水準が完全に破綻しているにもかかわらず、なぜかどうしようもないほど明るく楽しい自伝部分。一方で、こんなに平易で読みやすいのに、読み手を「ひとり」にしてしまう、自分以外誰もいない真っ暗な野原に響く鐘のように言葉が胸を打つ詩作品。

だが、交互にしたためられたそれらは、結局のところ全てが詩だ。『詩人失格』は、この一冊に書かれていることの全て、そして書かれていないことの全てをもって、一篇の詩をなしている。

詩とは本当は何なのか。詩人とは何なのか。その答えは誰にもわからないのかもしれない。だが、詩はそこにあるし、詩人はそこにいる。

この世界に生まれ、いつの日か死んでいく全ての人に、この本を薦めたい。

なぜならこの本は、詩の本だからだ。全ての人が生まれ、生き、死んでいくことに関係のある本だからだ。

桑原滝弥自伝詩集『詩人失格』
私誌東京
定価2000円+税
ISBN-10 ‏ : ‎ 4909798161
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4909798169